kishimoto report..........08/07/06/05
2010.07.22
「Super Jury Program Summer 2010」
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7月22日、東海大学で前期の全課題優秀作品を集めた総合講評会が開催されました。昨年同様、私の担当する2年の前期は街に建つ小さなギャラリーと別荘、そして都会に建つ住宅兼店舗の3課題です。ギャラリーが単一的でプログラムの単純な空間設計であるのに対して、別荘になったとたんに満たさなくてはならない機能が増し、さらに店舗が加わることで複雑さが増します。同じく、周辺環境への読み方が課題を解く上で極めて重要になり、ギャラリーではさほど気にしなくてもよかったパブリックとプライバシーの問題、さらに外部環境と内部の関係において、閉じることと開くこと、その複雑な関係を計画を通じて提案しなければいけません。
いずれにしても授業中では不満もたくさんあった作品達(今期の2年はS(最上位)評価が無かった)ですが、あらためて総合講評会で壇上に上がった模型とプレゼンテーションパネルを眺めると、とても優秀であった様に思います。一つ一つ詳しく見ていけば不満もあるけど、総体としてよく頑張っている。頑張った学生は評価の善し悪しに関係なく、とても印象に残っていて、これから先も頑張って建築の道をあきらめないで継続してほしいと願ってしまいます。たった半年の付き合いだけど、真っ直ぐに空間へ向かっている学生は生き生きとしていて目が輝いているから、それだけで全員を評価してあげたい気持ちで一杯になります。
岸本賞として本を差し上げた伊丹ジゼレユミさん、卒業して将来はブラジルへ帰るそうですが、その話を聞いた瞬間ほど教えることの責任と重要性を認識したことはありませんでした。青春の僅かなひととき、日本で学んだ経験がきっと母国で生かせますように。本にサインを求められた時は戸惑いましたが、彼女のこれから先の長い人生、何かの励み(思い出?)になってくれたら嬉しいです。

2010.04.23
「大学卒業設計コンクールレポート」
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3月19日、日本建築家協会神奈川地域会が主催する大学卒業設計コンクールの神奈川大会が開催されました。今年は合計37作品が神奈川県内に所在する各大学から選抜され、慶應義塾大学の湘南藤沢校舎内の学食を会場にして公開審査にて行われました。私が実行委員長を務めて3回目です。会場は昨年に比べて会場面積が小さく、しかも変形していたので会場構成、設営は苦労しましたが、むしろ作品で埋め尽くされた会場の臨場感はよかったと思いました。
さて、率直に言って今年の各大学の選抜作品は全体的におとなしい印象を持ちました。例年上位に上がってくる、いわゆる「タワー系」の上へ上へと構築しようとするパワーのみなぎる作品が無かったこともその要因かもしれません。しかし、純粋に空間のモデルを追求する案と、一方でバナキュラーな視点、あるいは現在の極めて日常的な視点から問題点を抽出して建築空間を(対外的には結果論としての空間を)追求する案とに二極化していて、永遠の課題として未だ残るテキスト主導型と空間主導型のせめぎ合いを強く感じました。同時にその方向性は各大学の教師陣によっても大きく変わる部分でもあります。そんな中、空間のモデルへの試みは今年も東海大学のお家芸とも言え、その作風を評価する審査委員と、一方で空間の構築とそれをバックアップする理論のバランスに長けた横浜国立大学を評価する審査委員という構図も昨年同様に見え隠れし、そこも興味深いところでした。
近年の傾向として驚くべきことがあったのですが、コンクールで入賞する優秀な学生が、必ずしも設計事務所に就職せず、たとえばハウスメーカーや工務店に入社する学生が多いということです。不景気の影響かもしれませんが、学生時代に向かった一つの夢は夢として、卒業を境にしてものすごい勢いで大人になってしまうんだな、と、表彰式を見ながら少し寂しい気持ちがしました。

2010.02.10
「岐阜の家、竣工レポート」
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先月、半年にわたって工事を行ってきた住宅が岐阜で竣工しました。敷地はとても広かったのですが、家は平屋で、閉じた中庭が二つと半分開いた中庭が一つあるコンパクトな住宅です。周囲は毎度ありがちな二階建て住宅に取り囲まれて、デザイン的な要素としては評価するべきものは見あたりませんでした。そういったごく一般的に見られる周辺環境の中に、どの様な形態を置くのかはやはり難しい問題であり、迷ったあげく低くそして控えめに、を心がけることで毅然としていて背筋の伸びた空気をそこに作りだそうと思っています。もちろん、それは周囲に迎合することではなく、一方で敬遠し過ぎるがあまり奇抜で目立つ形態をつくることも意味していません。あくまで自然体で、僕が発見しうる限りの美しいプロポーションと影のある風景がそこに出来れば、きっと街並みとしてもいいことが起こるだろうと信じているのです。
さて、竣工した岐阜の家は道から見ると真っ白な砂利に浮いた様な縁側のある家です。実は計画ではそこに水盤が出来るはずだったのですが、予算の関係で最終的には砂利になりました。しかしクライアントのお陰でスクリーン効果を狙った布袋竹もなんとか植えられましたし、建築のデザインは水盤が無くとも生き残った感があります。布袋竹のスクリーンは前面道路に平行して植えられ、一方で道から庭に向かってまっすぐ向かう軸線に沿って植えられた姫シャラが布袋竹と交差して庭へ突き抜けます。
低く構えた昔見たことがある家としてのプロポーションが柔らかく街並みに開き、奥行きのある庭を形成することで、周辺に立ち並ぶ「何も考えていない」住宅の在り方に対する僕なりの姿勢が静かに表明出来たと思っています。とてもおとなしいデザインなのに、道行く人が皆振り返って見て行く、そんな感じが僕は好きです。

2009.12.28
「茅ヶ崎グランドホテル解体レポート」
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空の青い季節が帰ってきました。昨年も同じ様なことを書いたような気がしますが、茅ヶ崎の空が一番青いのはこれからの季節です。ところで、134号線を挟んで事務所の向かいに長年建っていた茅ヶ崎グランドホテルが、立替のため今月解体が完了しました。
写真は解体作業が始まった時のものですが、ずっと見慣れた風景と言ってもいい建物がすっぽりと防音ネットに覆われ、立ち上がったそのシュールな姿にしばしうっとりと見上げてしまいました。今までごちゃごちゃとした煙突やアンテナ、窓や装飾の類で覆われていて、それ故に建築としてのスケール感を否応なしに表現していたものが、一切の物事を捨て去った先に残った唯一の巨大な物体と化したのです。光りを受ける面はきちんと受け、影になるべきところは影。まるで僕たちが一番最初につくるスタディー模型の原型の様にも見えます。写真には旗竿やガードレール等、日常的にスケール感のあるものが写っていますので、おおよその大きさを想像して頂くことが出来ますが、それらがもし写っていなければ、この物体のスケールはみごとに失われてしまうでしょう。その姿が結果として普段見慣れない姿として立ち上がり、私にとって瞬間的にある種の芸術作品に見えたのかもしれません。
日常とは、常に我々を取り巻いている物事であり、それ故に日常とはその存在そのものを認識するチャンスが無くなっていくものです。日常と非日常の境界線が露呈したとき、新奇性や奇抜性という芸術性が湧き出します。その瞬間を見逃してはいけない反面、その驚きは普遍的価値を持っているかどうか、我々の目指す本質的な空間の美しさがあるのかどうか判断を余儀なくされます。住宅設計を通じて、私たちが問われているのはそこのところだと思います。

2009.10.13
「ドタバタ竣工レポート」
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先月、平塚と宇都宮と徳島で3件の住宅が竣工しました。遠方から近場まで、ご依頼頂いたクライアントにはほんとに頭の下がる思いです。それぞれ立地条件やクライアントの年齢は異なり、出来上がった住宅の雰囲気も大きく異なりますが、どれもとても喜んで頂き引き渡しを迎えることが出来ました。同じ月に3件の住宅が竣工するのは独立してから初めてのことですし、パートナーとして常に一緒に動いているスタッフの力作でもありますので簡単ですが報告いたします。

まず平塚に竣工した住宅はデッキの中庭がそのまま階段になり、ぐるっとまわって平屋部分の屋上まで連続する家です。フロアはメゾネットになっていて、階段に座るとデッキの微妙なレベル差が周辺からの目線や見たくない風景を遮断していることが分かります。開口部は全て構造壁の戸袋へ収納出来るので、内部と外部が一体化し中庭のデッキも含めて全てが家の中の様な錯覚を覚えますが、一方で中庭を取り囲む風景がまるで小さな村の様でもあり、不思議な二面性をもった住宅です。中庭から階段を通じてそのままイメージが空へ抜けていく様な、そんな開放感に満ちた昼下がりをイメージしながら計画しました。

次に竣工した宇都宮の住宅は、造成された崖地に建っていますが、崖地の眺望に平行して3つのレベルのスラブを設け、眺望から遠ざかるにつれて段々に床が下がっていく構成です。一番下にいる時は外部からの目線を気にすることなく、壁に囲まれた安心感があり、一方で一番上にいるときは、全面開放された開口部から田園風景を一望出来る、という具合に、風景に対してどの程度開くのかを自分の居る場所で調整できる構成です。
また一番上のデッキには縁側が設けてあり、自然な動作で座ってしまう、風景に向かう、ということを促しています。絶景に面した縁側に座る、という通常体験したことがない過ごし方を提案出来たと思います。






最後に竣工した徳島の住宅は、Sの字型の細長い住宅です。文字通り二つのコの字型中庭があり、建物のアウトラインとしてはほぼ四角いカタチをしています。つまり外観は四角いけど中にはいるとウネウネとうねりながら、向こう側に見えそうで見えないシークエンスをつくりだしています。長い家にはあちこちに質感の異なる居場所があり、しかも外部からの目線を気にすることなく、それぞれの居場所から中庭や山並みを眺望できる構成です。うねる空間は、共通ルールとして垂木表しの天井に覆われ、見えないその先の空間にイメージを引っ張っていきます。僅か25坪弱の空間により豊かでバリエーションに富んだ居場所を「点在」させることがこの住宅で取り組んだ課題でした。
お世話になりましたクライアント及び監督さんに心からお礼を申し上げます。

2009.08.11
「長良川の家」
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岐阜県の長良川沿いの傾斜地に建つ家が竣工し、先日竣工写真の撮影を行いました。敷地の半分が平坦で半分が長良川に向かって傾斜する北側斜面の敷地です。はじめて施主に案内されて現地を訪れた時から北に向かって広がる美しい風景が印象的で、是非ここに建てたいと思っていました。普通、敷地の価格決定にはオリエンテーションが大きく影響を与えますが、北側に視線が広がる敷地というのはあまり評価されません。何しろ南に向いて開くことが日本の住宅のプランニングで最も重要と思われていますから。南に向くということはつまり逆光なわけで、北を向けばコントラストが強く鮮やかな風景を見ることが出来るということです。
さて、何はともあれこの敷地、着工してから気が付いたのですが、やたら建物が目立ちます。とても広い長良川ですからずいぶん遠くからでも良く見えました。あまりに見えすぎてちょっと焦りましたが、もともと風景に向かってかなり低く構えた姿勢をとっていたので、いやな目立ち方ではなくむしろ静かな闘志とでも言えばいいのか、強い意志を感じました。まるで他人事の様にも聞こえますが、実際、僕たちもリアルに立ち上がった姿を見るのはクライアントや工務店の方々と同じく初めてなわけで、いろんな発見や感動があるのです。この建物は潔いと思いました。白は自然界からとても浮いた存在なので、市街地でなければ使い方に非常に神経を使いますが、おそらく傾斜地にへばり付くペッタンコなプロポーションとそれに反発するかの如く純白なオブジェクトがうまくバランスしている様に思います。
「立ち方」という言葉を僕はよく使います。与えられた環境の中に、どの様に一つのカタチを置くのか。新奇性や奇抜さとは一線を画したところに存在するそのカタチの在り方をそう呼びます。立ち方は環境と施主の質感から何となく導き出され、模型化される段階でその精度を高めます。図面を引く時はひたすらに霧の中を歩んでいる様でもあり、現場に至って、だんだんにその答えが見えてくるという感じです。どこまで行っても答えなど存在しない世界で仕事をしているんだ、ということを強く実感しました。

2009.07.03
「角館視察レポート」
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今月頭、仕事のついでに秋田県の角館にスタッフと行くことが出来た。武家屋敷がたくさん残っているところというぐらいの知識しか持ち合わせていなかったけど、とりあえず豪華な襖とか一枚板の縁側なんかには興味がなかったので、現代建築に失われてきている何かがきちんと再確認出来ればといった感じでぐるっと廻ってきた。以前金沢で見てきた武家屋敷と比べるとずいぶん趣が異なり、一言でいえば質素。だからむしろ安心した訳だが、お陰でいろいろ見えてきた。
結局のところ建築を構成している要素は、シェルタリングとしての「屋根」と、様々な関係を調節する「結界」の二つしか無いと思っているから、その「結界」のほとんど全ての事例(要素)を今回の武家屋敷でも確認することが出来たのはよかった。その一つ一つをここに挙げ出すと切りがないからやめるとして、日本の古典建築からそういった要素を引っ張り出す作業は、つまり現代建築からその作業を行うことがとても難しいからそうする訳で、「デザイン」という名のもと、投機目的だったり、単なる新奇性をねらった建築などの様に、結局のところデザインされる事を宿命として生まれてきた建築は最終目的が転倒していてとても危険であり、要は目立てばそれでいいのか?目立つことがデザインか?ということになる。空間の質感も快適さも目的から脱落し、空っぽな箱があるだけに見えるから。
そもそも様々な結界は決してデザインを目的として生まれたものではなく、気候や構造的要因、そこに住む人の気質などから自然発生的にその地方に定着し、それが文化として、デザインとして昇華していったという経緯を持つ。だから僕たちはその源泉をきちんと見抜き、その意味を現代的に訳しながら空間へ反映させなければならない。

2009.03.24
「大学卒業設計コンクール2009」
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3月14日、東京工芸大学にて、日本建築家協会神奈川地域会の主催する大学卒業設計コンクール2009が開催されました。神奈川県内にある大学の建築学科の中から、優秀作品が約40作品集合し、1次・2次審査を経て賞を決定するというもの。私がコンクール運営委員長を任命されて2回目となりました。
学生のアイデアは常に新鮮でありチャレンジングである、と日頃から考えていますが、今年の作品をじっくりと拝見していて、どうやらそうでもないな、と思いました。確かに世間離れした奇抜なアイデアや、表現性において目を引く作品が大半ではありますが、そのアイデアの源泉はどこだろうと思うと、意外にも過去の卒制の傾向であったり、建築家の実作であったり、つまり見た瞬間にどうしても既視感につきまとわれ、これは本当にいい作品なのだろうか、と考え込んでしまいます。審査委員に紛れて私も上位作品はどれだろうと、注意深く見ていましたが、やはり最後のところで迷ってしまいます。騙されてはいないか?と。
彼らは自分を信じる力が少ないのか。周囲の傾向や、言葉に頼り過ぎる傾向があり、模型という彼らの実作を通じて、「空間を構築しようとしているか」という最大の難問にぶつかってしまいます。空間が見えない。本当は何がやりたいのかが見えない。そんな複雑な思いを持ちながらコンクールは終わりました。昨年に引き続き東海大の学生が金賞を受賞。私も2年の授業で教えていた学生だけにその快挙を素直に喜びたい。

2009.02.19
「茅ヶ崎の海と空」
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年明け早々、スタッフ共々仕事に追われてやっと落ち着きました。もう2月です。ここ茅ヶ崎は12月から2月くらいまで、とても天気が良く、晴天率がとても高いところです。特に夏と違い、湿度が低いので空の青さや、それを映しだす海の青さ、ついでに書けば富士山もくっきりと見え、風景が引き立つ季節でもあります。
茅ヶ崎で残念なのは山の風景と丘の風景が無いこと。でも田舎ですし、私はいわゆる街では仕事するのも住むのもいやだから、これでいいと思っている。良いところは、海という地形のエッジ(境界線)がはっきりしていることころ。こればっかりは誰もどうしようもない、だから安心出来る。と書くと何の事やら?となりますが、つまり街というのは、当たり前だけど自分を取り巻く一切全てにおいて人が造りだしたもので満たされていて、建物や道は当然、場合によっては起伏すら、人工。で、我々はその人が造りだした物事のルールに従ってしか生きられない。逆の側から言えば、全て人の意識が造りだしたものだから、他にも無限に選択肢があったわけで、つまりどうにでもなったはず。そこにある必然性とはどうせ合理性だとか経済性だとかいったことが理由だろうと思われるから、それすら、やはり人間の都合によるわけで、なんだか疲れる。
最近、私も神奈川県内の仕事が増えて、国道134を車で走る事が多いが、海に沿って湾曲したラインや、とにかく十字路ではなくて、基本的には道の分岐は北側方向しかない道路って、やはりこれ以上南へは行けないからそうなっているという証拠で、その事にたいする安心感というか、自然の地形は結局のところ人間にはどうしようもない絶対的な力を持つということ、それに寄りかかってしか生きられない人間は、結局そういった生きる上での選択肢を絶対的な力に委ねる事で生きてきたということ。古来、居を構える場所はそういった地形のエッジを本能的に見いだすことで決定されてきた。海という絶対的な存在。

2008.12.02
「三内丸山遺跡」レポート
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先月中頃青森に用事があったついでに、スタッフと三内丸山遺跡に行ってきました。実は以前に1回だけ行ったことがあったけど、そのときは雪が積もっていて、しかも時間がなかったのでじっくり見ることが出来なかった。
さて東北の冬は日が傾くのが早いです。少々慌てながら高床式倉庫や住居群をうろうろと歩き、私がスタッフと特にきちんと体験したかったのは、竪穴式住居の掘り込まれた土の深さとその空間的な意味。もちろん、その「意味」とは言葉のことではなく、縄文人が言葉を持たずして空間をロジックで構築することもせず、環境的な負荷と人がそこに居るという完全なる本能から来るその安心感なのか、ただ、居るというその行為を裏付けるための(例えば動物が本能的に巣を造るかの様に)行為なのか、その肉体的体験としての風景を感じたかったということ。それを私は出来るだけ言葉に置き換え、寸法で解釈し、そしてスタッフにその解釈にたいする意見を求める。
私たちは空間を構築する仕事をしている。それは軽々しく「デザイン」と言えることではなく、「人が居る」ということのクオリティーを高める職能である。やはり言葉で解釈するには限界があり、つまり繰り返して言うことだが、言葉は空間にならないから、やはり空間の肉体的体験としての味わいをしっかりと身につけ、そこにある素晴らしい品質は、何とかして反復出来るように咀嚼していきたいと思う。復元ではあるが、しずみかかった夕日に照らし出される屋根の美しさや、倉庫が持ち上げられた美しいプロポーションの脚、そして何より、竪穴式住居の土の安心感とそこに私が座るという行為をバックアップする必然性、そして常に更新しながら自然と共に生きていく儚さを表現しているかの様な茅葺き屋根のバランス。つまり動かない大地に対して更新していく構築物。あらためて、座るという行為の必然性に対して、それをバックアップする空間の力の必要性を感じる旅行だった。

2008.08.12
「うだつのある町並み」レポート
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先日、徳島県で始まる仕事のクライアントにはじめて会いに行ったついでに、脇町にある「うだつのある町並み」をスタッフと一緒に見に行った。当日、何しろ暑くてくらくらになりながら歩いたので記憶も薄れ気味ですが、あらためて気が付いたことを幾つか。
まずは建物の低さ。町並みとして軒先が揃っている景観はともかくとして、建物の「たち方」に注目したい。やはり低姿勢だ。威圧感もない。そして均整のとれた格子と陰のプロポーション。そこにただ「在る」ということに対する違和感のなさがやはり私は好きだ。建築はやっぱり控えめに在りたい。特に住宅はそうだ。控えめに、そこに在ることに対して違和感のないようにしたい。空が広いのもいいなぁ。でもこれは贅沢なこと。
次に屋内での明るさのグラデーション。私は本当は暗い場所を一生懸命つくりたいといつも考えている。昼の外は明るいに決まっているから、屋内ぐらいは暗めがちょうどいいのでは?と。暗いところから向こうに明るい場所や中庭が見えて、空間に奥行きと迷路性を作り出すことをまじめに考えたい。暗いから明るさがあるのであって、明るいばかりじゃ疲れるでしょ、とよくクライアントにも話しをする。空間の広さにいろいろなスケールがある様に、明るさにもいろいろなスケールがあることに気が付いてほしい。オーバースケールした空間に追い打ちをかける様にオーバースケールした光、つまり太陽光を入れ過ぎた家をよく雑誌で見かけるが、心底いやになる。暗いのが全部いいのではなくて、明るさと暗さのバランス感覚が大切なのだと思う。これはお世辞でも何でもなくて、やっぱり住んでいて安心出来る心地よさをつくりだしたいから、現代の住宅産業が作り出すスタンダードな住宅の在り方から脱却するために、「空間には暗さと狭さが必要だ」と言い続けている。誤解を招く危険な言葉である事は十分に承知の上で・・。ピカピカ、広々、ノーメンテナンスはコンビニで十分でしょう。

2008.06.10
「大谷資料館」レポート
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先日、宇都宮へ再度行く用事が出来たので、今度は大谷資料館に行ってきました。もしかしたらご存じない方も多いと思いますが、昔から塀によく使われている大谷石は、宇都宮市郊外の大谷という地名の山で戦前からずっと生産され続けている石なのです。比較的軽くて加工が容易、さらに独特の砂岩の様な風合いや暖かみがあり、既に取り壊された旧帝国ホテルの外壁や装飾全般に使われていました。欠点は風化に脆く、汚れやすいという事でしょうか。
まぁ、大谷石の説明はどうでもよいことです。大谷石資料館です。何となく情報だけは得ていましたが、やはり実際に行ってみてびっくりしました。 その地下空間の異状なまでの大きさにです。これは完全に地下都市です。と言ってしまえば割と分かり易いだろうと思ってつい書きましたが、私にはその空間にどうしても「人」が入れません。
正確に書けば、私にとっては全然都市ではなくて、重量感と巨大なスケールをもって迫ってくる恐怖です。空間のオブジェかもしれません。戦争中はそこで飛行機が製造されたり、近年ではファッションショーやコンサートが開かれたそうですが、飛行機製造工場は空から見えない工場としてやむを得ないとして、ショーやコンサートは全く商業主義者の考えそうなことだな、と巨大過ぎる空間を歩きながら心底いやになりました。その暗闇の恐怖をただ放っておく、あるいはただ味わう感性というか、つまり何もしないでいる勇気が全く無いことが本当にいやなのです。ちょっと変わった空間だから人を集めて催し物を企画して・・・という考えはきっとその空間を全く分かっていない証拠です。自然の中でもどこでも大挙して押し寄せる観光客を思い出してしまいます。
暗闇にアイアンアートや光のオブジェが、何かのイベントの残像として置いてありましたが、まったく邪魔です。暗い裸電球がぶら下がっているだけで十分にその空間のオブジェ性は味わえるはずなのに、どうしてそこに作家の作品を置こうとするのか。この空間は100%人為的な既にアートです。その中に人為的アートを置くのはトートロジーです。
怒りもそのくらいにして、外気温が25度を超えそうな中、内部は9度でした。冷たい湿気で満たされていて、地下水の湧き出す音の演出も含めてその空間の非人間性にただ圧倒された30分でした。心も体も寒くてそれ以上居ることが出来なかったので・・。でもまた行きたいです。

2008.05.02
「日光旅行」レポート
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先日、宇都宮で行われた展覧会のついでにスタッフを連れて日光と鬼怒川温泉に行ってきました。旅行というほど大げさなものではありませんが、こういう機会でもないとなかなか行けない場所も案外多く、私は実は日光も鬼怒川温泉も行ったことがなかったし、スタッフも同じだったからちょうどよかった。日光で何を観るか、なんて考え出すとまるで観光になってしまうから、あえて何も調べずに(とは言え、学生時代にブルーノタウトの東照宮批判は読んだから偏った知識だけはあったのだが)気軽に行って来ました。東照宮へと続く参道を前にして、予想外に庭園があったので、興味が湧いてきて寄り道。中はだだっ広くて凝縮感の少ない雰囲気だったが、池の畔に建つ3帖しかない古い休憩小屋を発見。
多くの観光客が通り過ぎる中、まるでお茶室の様なその空間の気持ち良さに見とれてしまい、一緒に建物の各部を採寸。まず手摺りの高さや縁側の奥行きと開口部のプロポーション、軒先の低さと建具の内法高さの関係、引き込み建具の部材の細さと建築のスケールの整合性、反射した水面の模様が障子に写り込み、さらに屋内へと完全に真っ白に濾過された光を充満させる圧倒的な美しさ。そして何よりもその3帖の間の人体スケールへの密着感が感動的に私は好きで、普段我々を取り巻くあらゆる全ての建築空間がスケールアウトしてしまっている事実を、強く気づかされる。少し歩いて池の対岸から建物を眺めると、縁側を支える細い柱が、池に向かってスッと下りているプロポーションが、弱々しい建物の浮遊感をさらに引き立て、さらに地盤に建物本体が鎮座すること、つまり停滞することを避ける様に、躍動感というか動きを感じさせてくれる。
そんなことなどを一緒に話しながらスケッチをした後、庭の散策を続行。その時既に私は完全に浮かれモードだったから、全てが建築的に見えてきた。細い散策路の登り下りと樹木と風景が絡んで、路地の断面プロポーションが設計者(造園の)に操作、制御されていること、小川の流れに「音」を挿入して、さらに少し離れた別の小川と強弱を付けて(というか音の質を変えて)距離感と風景の差異を作り出していること、池と陸の境界部に線状の結界を作らない様にわざとバラバラに岩を配置した対岸に、今度はわざと石積みで線を引き、さらに樹木を池に張り出す事でその境界線をぼかしている演出。これは均一性を嫌うための操作とも言えるが、狭い川に複雑な風景を作り出すためには必要だったのだろう。さらに歩くと石橋があって、これも素直にこちらと対岸を結んでいない。重たい石が、ドンと鎮座する(つまり意識の停滞)を避けるかの如く、途中でばっさりと切断されて浮いている。
まぁ、そんなわけできりがありませんが一時間半くらいはぶらついた様な気がします。その後東照宮など幾つか駆け足で廻って、(ここは端折ります)お昼過ぎには鬼怒川温泉へ到着。一緒に行ったスタッフが温泉好きでよかった。何かを観るということではなく、ただ温泉に浸かれればよかったのですが、実は風景をみることはとても大切な事で、何も建築物ばかりを観るのが能じゃない。私たちが空間の設計をするとき、結局心象風景を構築し直す作業になるから、その風景っていうのは、建物を勉強したからといって身に付くものではない。ただ風景を見て感動すること、その場の空気や過ごした時間の気持ちよさがそのまま時とともに熟成し、さらに年月がたって変質し、その人の人格を構築していく為のとても大切な源泉となることは間違いないと思う。だから鬼怒川温泉の街をふらふら歩きながら見上げた空の青さや山の稜線の透明感、煙った感じの太陽のまぶしさは、きっと私と一緒にいたスタッフも財産として蓄積されたと思う。

2008.03.14
「岐阜で見た町屋」レポート
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幸運にも、私の好きな岐阜で継続的に仕事があるので、時間を見付けては長良川沿いの古い街並みを見てあるくのが好きだ。先日初めてスタッフを連れて、ふらっとお店の様な、雑貨屋の様な町屋に入ったら、想像以上に保存状態がよく、さらに天井高さの低い2階や、中庭などにも入る事が出来、ちょっと休憩するつもりが1時間以上も長居をしてしまった。民芸品やまさにシーズンだったひな人形などが華やかに展示されているのを横目で見ながら、2階へ上がって通り沿いのぐっと天井の下がったお座敷にぺたんと座る。天井高さのバランスや居場所の分節、空間の躍動感、障子の光と壁の分割と床の間を絡めたシークエンスをレクチャー。その後しずしずと、今度は1階の中庭に面した奧座敷へ向かいぺたんと座る。障子で切り取られた中庭の風景をしばし見る。手入れが十分に行き届いているとは言い難い庭だが・・まぁ、いいね。暗さがいい。暗いから庭から光りが遠慮がちに流れ込むそのグラデーションが美しく感じる。
さらに民芸品をひょいっと跨ぎながら通り庭を通って、その奧にはなんと倉を改装した喫茶店。天井の高くて朝も早くから客で賑わっている、が、我々はそんなのは遠慮してくるっと引き返し、中庭の縁側に小さなちゃぶ台と座布団が設えてあるのを私は見逃さなかった。店員にことわって遠慮無く中庭へ。「寒いですけどいいんですか?」という店員には「大丈夫ですよ〜」と答える。丸柱と濡れ縁、庇の出と向かいの屋根の高さバランス、空間の結界についてレクチャー。最初曇っていたのにその内晴れてきて、ぱぁっと濡れた石が輝く。その内に今度は雨が降ってきた。まるで私たちのことを祝福しているかの様。
そこでスタッフと深く思索したことは、空間の湿り気。色気とよんでもいい。湿り気や色気の無い空間は、味気なくてのっぺらぼうで、まるでつまらない。その中庭には確かに湿り気があるから、その湿り気って何だろう?湿度の事ではないので念のため・・。たぶん予定調和的でない物事の計画性。自然発生的であってなおかつ、深いところで全てが計画されている空間構成。全ての意味が見通せない、何かが引っかかる不思議な感覚。素材の持つ陰翳。それらの相乗効果が、空間に湿り気と色気を与えているように私は思う。言葉では絶対に通じないことは最初から分かっているから、こういう話は、その場の空気を感じながら共有していくしか方法がない。そしてその人の心の奥にその言葉にならない「感覚」が泉の如く湧き出す瞬間を待つしかない。

2008.02.20
「Super Jury Program Winter2008&KD Award」レポート
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 先月、東海大学建築学科の秋期総合講評会と東海大学建築会の主催するKD賞の審査会が開催されましたので簡単に報告します。総合講評会は年に2回開催されるのですが、秋期の方が各学年の課題の難度が高まると同時に、学生の方も模型や作図をはじめとするプレゼンテーション能力が高まりますので、見ていて楽しいのですが、我々講師としては、僅か10分程度のプレゼンテーション時間内に、学生の考え方や解き方についてある程度理解し、各課題ごとに批評をしなくてはならず、しんどいのも事実です。かならず発言しなくてはいけないのではないのですが、特に自分の担当ではないクラスの課題については、初めて見る課題と解だけにとても興味があり、きちんと批評してあげたいといつも思いながら参加しています。毎度の事ですが、学年が上がるにつれて優秀になっていく学生もいれば、消えていなくなってしまう学生もいます。入学当初の建築に向かう興味が根本的に失われてしまったのであれば仕方ないですが、やはり不器用な学生は、現在の緻密にダイヤグラムを組み上げる事や、つまり簡単に言えば全てに「理由」が求められる教育について来れないのではないかと思います。今現在の苦しさから逃れる為に道を逸れてしまう、そんな学生が多いと思います。大切なのは、その先を見ること。目標はずっと先の10年、20年、30年先に、自分がどんな作品を創っているかだから、目を細めながら遠くの風景を見ながら取り組んでほしいと思います。
さて、KD賞の審査員として初めて審査に参加させて頂きました。まだ若い賞だけに方向性がいまいち定まっていない、という話をミーティングの時に聞きましたが、学内の常勤の先生ではなく外部で活動している建築家だけが集まって審査する賞だから、方向性なんか決まるわけないし、方向性を決めるということは、裏返して言えば賞を決める事に対する審査員の自己責任の回避とも取れますので、そんなこと決めない方がいいと、私は言いました。審査そのものは、やはり難しく自分の能力が問われている事を痛感もしました。最終段階で時間がオーバーし、私はやむを得ず早退しなければならなかったのが非常に残念でしたが、審査委員の宮晶子さんが比較的同じ方向を向いていたために、私の分も奮闘して戦ってくれた様です。賞決めは一部を除いて概ね納得のいくセレクトでしたので、良かったです。

2008.01.12
「正月の夕方、自宅の中庭を見ながら考えたこと」
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謹賀新年 年明け早々、息子が水疱瘡にかかってしまったので、正月はどこにも行かず箱根駅伝を旗を振って応援して、家の掃除をして終わりました。特別なことをしないという過ごし方を一般的には「日常」と言い、普通ではない事は「非日常」と言います。でも特別なことをしない時にしか、普通の中に潜んでいる新しいこと、あるいはしばらく忘れていた新鮮な出来事を発見出来るチャンスがないのも確かですね。ということは、日常の中にしか非日常は存在しない、と言ってしまってもいいのかもしれない。例えば旅行に行ったとする。これは十分過ぎるくらいに非日常だが、非日常の中から非日常は発見出来るのか?もしかしたらそれは合目的であり過ぎるがために、非日常を旅行先で発見しました!とは言いづらい立場ではないか。もっと掘り下げて考えると、そもそも非日常に基準など実は無く、単なる個人の思い込み、個人単位の相対的な感動の度合いによってその非日常性が決まるのではないか。ならばわざわざ旅行など行かずとも、むしろ今居るその場で、日常の中でこそ非日常は見つかるかもしれない。
自身を取り巻く僅かな変化や、出来事に敏感に反応し、そこに感情が伴った瞬間に「きれい!」と発する。それは言葉であって言葉にはならない発語。完全に本能から発せられる反射神経。原始時代からおそらく脈々と続いているであろう精神の言葉。その僅かな変化に敏感に気づき感動する(正確には気づいていない、ただ感動していた、それだけ、それ以上何が必要だろうか)、つまりこれ以上言語に還元出来ない究極的な意味での「美」を感じることが出来る繊細で純真な血液で満たされた人に私は憧れ惚れる。私は最近ある女性からその感覚を得ました。その人は言葉に出来ないくらいにすべてが美しく、自分が忘れかけていたその新鮮な驚きと感動に涙が出るくらいにうれしかった。

2007.12.22
「次男歩彌(ayumi)と共に年末のご挨拶」
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 あっという間の年の瀬ですね。2007年はレポート、コラムともにこれで最後になります。ホームページをリニューアルして約2年が経ちますので、一年間におよそ10,000人の方が訪れていることになります。今年も1年、acaaのホームページをご覧頂きましてどうも有り難う御座いました。あまりやったことはないのですが、たまには一年を振り返ってみようと思いました。 今年の最大のトピックは、1月から7月くらいまでの間に、プレゼンテーション模型が7つも没になったことです。私は独立してから8年経ちますが、今までにプレゼンテーション後にプロジェクトが無くなってしまう、又は断られるケースはわずか数件でした。しかし一気に今年の前半で過去の倍以上もプレゼンテーション後に仕事を逃してしまったのです。常に全力投球して模型も作り込んでいただけに、あまりのショックにとても暗い半年を過ごしていたのでした。 そんな中、素晴らしいクライアントにも巡り会え、今もこうしてがんばっていられます。 現在、設計又は現場の進行中のクライアントの皆様には心から感謝いたします。有難う御座います。また年明け開始の設計も数件あり、来年も全力で取り組んで参ります。どうぞよろしくお願い致します。どうぞよいお年をお迎え下さい。

2007.12.05
「藤江和子講演会」レポート
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 日本建築家協会神奈川地域会の主催で藤江和子氏の講演会が開催されたので行ってきました。企画しているメンバーは建築家高橋晶子さん率いる事業委員会で活動している若手建築家が主で、私は別の企画を担当したので今回は参画していませんでしたが、友達が皆頑張って企画していて充実した講師陣が魅力です。 さて、藤江和子氏と言えば建築家とのコラボレーションで有名な家具デザイナーです。が、やはり講演会を聞いて「家具」と言うにはあまりにも狭義であり、建築家に負けないくらい空間を作り出している仕事という印象です。私はそもそも、家具デザイナーと言われる人々が活躍する舞台があることに疑問を持ちながら講演会を聞いたのです。家具と言ってもテーブルや椅子に限りませんが、まずはその様な移動家具を例にとれば、本来日本建築に家具は無かったと思うのです。居るのに最低限必要なものは座布団くらいで、あとは床の仕上げや段差に応じて居方が変化してゆき、障子や襖などを用いてスペースを適度に仕切ながら場所の限定を図ることで、人がそこに座る必然性を見いだす事が出来る仕組み。建築の骨格そのものに家具的な要素が既に内蔵されているために、それ以上なにも置かなくても、快適に生活出来たのだろうと思います。私は古い民家で生まれ育っていますのでソファーとはあまり縁がない生活を送ってきました。一般的に言う家具という物は、その物がもつ極めて強い使用目的性が場所に拘束性を生み、よって場所の意味が成立する様な気がします。乱暴ないい方をすればガランドウな思想を持たない空間ほどうってつけという事にもなりかねません。とりわけ住宅建築というカテゴリーについて言えば、やはり家具に頼らなくとも居場所がきちんと見つかる家がいいなぁ、といつも考えています。奇しくも「現在の日本の建築は、人と接触することが出来ないつくりになっている」と藤江氏の発言があった瞬間はとても驚きました。つまり、家具に頼らなくとも、建築の壁や床の段差や柱や、いろんなものに直接触れて、もたれて、座って、そして何かの行為が発生することを拒絶するかの如く、座れない、居れない、だから体を拘束するために家具が要求される、とでも言いたげな発言だったのです。「だから建築家が悪い」という彼女の言葉はとても説得力があり、私が日頃住宅建築の設計を通じて考えていることのど真ん中、本質を言い当てている気がしました。そこで何をするか(機能)、はどうでもよい。どう居れるか(過ごし方の質感)をリアルな空間を通じて提案することが私の唯一の職能なのだ。

2007.11.01
「アーキテクツギャラリー『建築の公共性』展」レポート
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 10月22日〜26日の間、渋谷区神宮にある建築家会館で「建築の公共性」と題して、建築家の模型展が開催され、同時に「建築の公共性」についての10人の建築家がインタビューに答える映像が放映されました。この展示内容は6月末から7月にかけて行われた建築ウィークの巡回展的な意味も持っていましたので、準備はそれほど大変ではありませんでしたが、建築家のアトリエに1件づつ訪ねてインタビュー映像を撮影して廻った、神奈川大学室伏研究室の学生は本当に大変だったと思います。
私の事務所にも学生が4名ほど来て撮影を行いました。まず「建築の公共性」というタイトルがとても意味が深くて難しい内容だなと思いましたが、編集を終えた映像を会場で見て、それぞれがそれぞれの立場で語っている姿そのものが、どこかで社会に通じる普遍性を目指しており、具体的な建物への考え方を通り越したその先に、何かあらたな建築の未来を垣間見た様な気がしました。会期も短く、さらに会場が建築プロパーしか出入りしない建築家会館とうい性格上、一般の方々の目に触れるチャンスが少なかった事がとても残念でした。

2007.10.04
「金沢 武家屋敷」レポート
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 先日、展覧会に出展するために金沢に行ってきました。観光する時間もあまり無かったので、会場となった21世紀美術館から歩いて15分くらいのとある武家屋敷に行きました。どちらかと言えば町屋や民家の様な、とても生活感のある建築が好きなのですが、武家屋敷はどうかな、と思いながら見てきました。中に入るとやはり豪華な襖や、立派な一枚板から成る板の間などが目を引きますが、縁側に出てみるとその屋内外の連続感や、庇と縁側により切り取られた風景の美しさが際立ちます。その水平に伸びていく空間のプロポーションとパースペクティブの良さ、屋内外をギリギリのところで隔てる際どい結界として存在する隅柱の細さ。そこにあるのは、「豪華さ」ではなく、純粋なる「美しさ」でした。また別棟にある茶室やその前室も素晴らしかったです。写真は茶室の隣にある前室ですが、特別なしつらえや、凝った意匠はありません。でもそんな空間でこそ本質は見えてきます。天井は低く、さらに雪見障子、簾等を用いて、曖昧にしかし確実に視線を水平にそして無限に延長していく様な、仕掛けを発見する事が出来ます。腰壁の高さや、その奧にある手摺りの控えめな存在が、壁の結界をやぶり、精神が外へふわっと融けていく様な気がします。もろもろの物質は、すべてが強い存在理由から解き放たれ、軽やかにそして自然にそこに在った様な置き方(組み方)がされ、建築全体を成しています。まさに「透ける」空間ディテールとはそんな感じなのでしょう。

2007.09.01
「“湯河原の家”撮影」レポート
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 8月中旬、イタリアのカメラマンAlessio Guarinoと雑誌LiVESの撮影が湯河原の家でありましたので、立ち会ってきました。猛暑の最中でしたが緑に囲まれた湯河原の家はさすがに涼しく、風も抜けてとても気持ちの良い時間を過ごさせて頂きました。普通の住宅街ならどこでもある熱射の照り返しがなく、覆われた緑で冷却されている様です。よく別荘ですか?と写真を見た方に尋ねられるのですが、紛れもなく家です。私はまだ茅ヶ崎の田舎に住んでいますからさほどでもありませんが、東京などにお住まいの方にしてみれば、やはり憧れの立地、となりますね。ぎりぎり海は見えませんが、現地に立てば、まぁ海なんてどうでもいいやって気持ちになります。景観に恵まれた立地に立つ家は、開こうと思えば何処までも開放的に計画する事は出来ます。ただそれでは家ではなくて何かの娯楽施設になってしまいますので、一方で「いかに閉じるか」、を一生懸命考える必要が出てきます。都市型住宅では、閉じる事が計画のスタートラインとして設定される事が多いですから、「いかに開くか」、で建築家は格闘するところなのでしょうが、今回の様な立地でも逆の意味でいろいろ悩むのです。ただ、毎度言うのですが、いかに開くか、いかに閉じるかの先に無条件に「より明るく、より広い空間への評価」があるのならば、私は反論します。そう来れば、私はより暗く、より適切な広さへ、と言いたくなります。もちろん、暗闇あっての光だし、ヒューマンスケールあっての空間の広がりだ、という意味ですが。話が完全に逸れましたが、専門誌とは違う「人の居る風景」をファインダーに収めきろうとしている感覚は、両者とも同じ様に感じました。以前も書いたかもしれませんが、人の居る風景は、あるいは「動き」と言ってもいいかもしれません。一方で専門誌の写真は「瞬間」です。完全に時間を停め、息を止め(笑)、その一瞬の為に全てを整えて撮影します。どちらも役割がありますから、毎度ながら興味深く、撮影には出来るだけ立ち会う様にしています。ともかく、度重なる撮影に多大なる協力を頂いていますクライアントの好意に、心より感謝を申し上げます。有り難う御座いました。

2007.08.01
「Super Jury Program Summer 07」レポート
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 先月17日、東海大学春セメスター総合講評会が開催されました。一年に2回開催される本プログラムは、各セメスター内に行われた全クラスの課題の中から、優秀作品を集めて常勤、非常勤の先生の前でプレゼンテーションを行い、それに対して先生が自由に意見を言い合う場です。毎度の事ですが、優秀作品のプレゼンテーションを行わない学生はほとんど出席していないのが実情で、その点において、優秀作品の再講評を聞く事で学生のレベルを底上げするチャンスにはなかなかなり得ていないな、という印象です。しかし中味はともかく、3年生前期にして私が学生時代の卒業設計並の密度と精度で模型制作とプレゼンテーションが行われており、早熟さをいやでも感じずにはいられません。 模型制作技術、それからコンピュータを主体としたプレゼンテーション技術の上達と継承が、主にその原因という事になるのでしょうが、その分、空間にのめり込んでいく姿勢は綺麗なプレゼンテーションでさっぱりと漂白されて見えにくくなっています。きっともっと手を汚して造形に取り組んでいた、その熱意のままに「絵」を描ききる事が許された我々の学生時代の方が幸せだった様に思えるのですが、現代を生きる学生は熱意と造形力だけでは世間に評価されにくい、という今独特の空気を全身で浴びて、その中を飄々と歩んでいる様にも見えます。その中から器用さという意味で、過剰するプレゼンテーション技術について行けず、落ちこぼれる学生の存在が気になります。一方で、2年生の時点で流行の計画性と技術の波に乗り過ぎた反動で、自身の造形を忘れ、3年になって手が止まってしまう学生もいる様です。どちらも気になります。

2007.07.05
「建築week2007 / 建築家50人の住宅展」レポート
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 先月末、幾つかのコンクールと展覧会等の準備が重なり、かなりどたばたと過ごしていました。その内の幾つかの報告を致します。まず7月2日〜7月14日までINAX銀座ショールームにて開催しております、「建築家50人の住宅展」ですが、これはプロデュース会社のザ・ハウスの主催によるものです。登録建築家50名に3つの実在する敷地が割り当てられ、その敷地に架空の住宅を自由に表現してもらうという企画です。ちなみに私が割り当てられた敷地は、渋谷区松涛2丁目、12.5坪しかない、超狭小の住宅地です。他にも旗竿状敷地、崖地などがありましたが、一番見応えがあったチームは崖地です。何しろ崖地を模型で表現するために、模型のボリュームが大きくなり、建築も崖地と融合しながらなかなか楽しく、都会の狭小敷地にはない、非日常的な空間が、とても興味深く見ていて飽きませんでした。それから、何より驚いたのが、皆さん(もちろん私もですが)仕事ではない、架空のプロジェクトを無償の展覧会の為に全力で取り組んでいくという事でしょうか。これには、私が言うのも何ですが頭が下がりました。とにかくその熱意といいますか、作品の完成度・密度が高い!相当時間をかけて作成していると思われるプレゼンテーションも多数あり、私ももっとしっかりとやればよかった・・・と反省したりしているところなのですが。ともかく、初日にオープニングパーティーがあったのですが、急な用事で私は行けませんでした。残念です。是非、チャンスがありましたらご覧になって下さい。
 さて、次に日本建築家協会神奈川支部の主催による建築week2007ですが、その中で「建築の公共性」というテーマに基づいて模型展・建築家6名によるパネルディスカッションを企画しました。私は事業委員会の数名のチームで本企画を運営してきましたが、模型展出展とパネルディスカッションの司会進行を担当しました。会期がとても短く、6月29日〜7月1日でしたので、既に終了しております。会場は横浜関内のBank Artです。倉庫を改修したギャラリーで、運河を挟んで赤レンガ倉庫を眺める素晴らしい会場です。会場構成も伊藤寛さんの監修で素晴らしいものになりましたが、何しろ会期が短く、それが残念でした。この企画は一般市民により多く来て頂いて、建築家の仕事っていうのはクライアントの要望を満たす事に加えて、環境や景観などについての普遍的な思想やメッセージを建築に託す事なのですよ、と伝えることでした。パネルディスカッションでは、私も含めて6名の建築家に建築の公共性について語って頂き、そこら辺が多少なりとも分かり易く表現出来たのではないかと思っています。多くの来場頂きました方々には感謝致します。

2007.06.05
「LSH:1上棟」レポート
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 今年に入ってから設計を行ってきました河口湖の住宅が上棟しました。この住宅の敷地は決して恵まれているとは言えない環境で、むしろその条件が都市的な 住宅を構想させた要因かもしれません。模型写真はプロジェクトのコーナーでも紹介していますので、参照して頂ければと思いますが、幾つかの高さの異なる 居場所をシンプルな切妻型屋根で覆うプロジェクトです。広島でも同時に同様の思想で進めているプロジェクトがあり、予定通りに進めば来月には着工出来そうです。温熱環境を除けば、敷地の環境は共に似ており、それぞれ地域性とクライアントの要望から詳細の構成が決まって来ますから、似ている様で大きく違 います。結局、設計プロセスは全く別なルートを歩み、結論が共有されている様な感じ。どこまで行っても私の仕事は合理化とは縁が無い様です。
 ところで、この住宅、1階と2階は高さが400ミリのスリットで縁を切るデザインになっていますが、そこに筋交いは一切入らない構造になっています。まるで2階には筋交いが無い様にも見えますが、1階から2階まで延びるキッチンボックスと2階の押し入れボックスで筋交いによる全体の壁量と偏芯バランス を取っています。屋根まで到達しているキッチンボックスの屋根はトップライトになっていて、1階のキッチンまで太陽光が届き、周囲へ太陽光を供給する仕 掛けです。構造はTHR構造設計室の鈴木孝夫さんですが、一見不安定そうに見える構造形式が、建て方が進むにつれて全体が固まり、構造が成立していくプ ロセスは見ていて壮快です。広島のプロジェクトは河口湖プロジェクト以上に床高の差異が大きく、二人の居場所という小さな場所もあります。どちらも、町 並みを家に封じ込める、という思想は共通しています。

2007.05.11
「花見」レポート
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 一ヶ月ほど前になってしまいますが、私の先生である建築家吉田研介氏の自邸で花見と称して飲み会がありました。毎度お誘い頂いて年に数回飲み会(目標は勉強会)に行くのですが、多くは吉田設計室で集まる事が多いので、自邸には久しぶりに伺いました。今回も先生の人柄が表れており、先生と吉田設計室のスタッフを含めて12名くらいのこぢんまりしたものでした。以前、夏に自邸で勉強会などやるときは学生が庭で肉を焼くのが恒例でしたので、とても多くの人で溢れかえっていましたが、先生は既に大学を退職されていますから、きっぱりと縁を切られた様です。ですから、今回の焼き肉係はスタッフです。
先生の自邸は、玄関扉を開くと目の前に吹き抜けのある真っ白な美術館の様な空間が広がっており、大きな一枚のガラスで庭と隔てられています。玄関という形式的な場はありませんから、普通の人ならまずそこで驚くでしょう。それから今では当たり前になりつつあるダイニングキッチンという場もありません。清楚な吹き抜け空間がリビングであり、ダイニングである事には違いありませんが、キッチンは完全に奧の部屋として隔離されています。この点についてはむしろ古典的な感じもする部分です。そして30年近く経過した住宅とは思えないほど瑞々しく当時のモダニズムの雰囲気を伝えてくれます。今のつまらない量産住宅の寿命を考えれば信じられない事です。普通の家なら10年も住めばもう愛着も無くなってむちゃくちゃですから。さて、日も落ちて皆で持ち寄った作品のスライドショウなどをしてから焼き肉パーティーです。酒もまわって、結局花を見ないで帰りました。

2007.04.02
「RSH:5上棟」レポート
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 山梨県韮崎市で現場が進んでいる住宅が上棟しました。この住宅の模型はプロジェクトのコーナーでも紹介してありますのでご覧頂ければと思いますが、四角いコンクリートの箱に幾つかの細長い中庭をあちこちから差し込む事によって、四角い内部空間にクビレを作り出して、居場所の見え隠れを作る事を目的としています。外部から見るとほとんどコンクリートの壁しか見えないのですが、内部に入ると一日の内にいろんな方向から直射日光や、湾曲した屋根にバウンドした反射光が差し込む事が期待されています。
 韮崎の冬は北風が強くとても寒いので、外周部をコンクリートで囲んだ「安心感」がクライアントから要望として提出されて計画が進んだ家です。外周部と対照的に内部は軽やかに鉄骨で構成されています。地震や風に対する建物の拘束性は、地面から垂直に立ち上がったキャンティレバーのコンクリート壁に全て受け持ってもらうことで、鉄骨を用いた内部構造に一切筋交いを入れていません。いつも思うのですが、構造だけが剥き出しになっている上棟完了時というのは、合理的な設計がきちんとなされているものほど美しく、かっこいいと思います。構造設計はいつもお願いしているTHR構造設計室の鈴木孝夫氏ですが、今回の設計で心がけたのは、内部の鉄骨部材を出来るだけ軽くきゃしゃにしたことです。力強く重たいコンクリートとの構造的な役割分担をより明確にし、コストを抑える事が目的です。初夏の頃には完成する予定です。

2007.02.13
「河口湖プロジェクト」レポート
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 昨年よりスタートしている河口湖での住宅設計の打ち合わせのため、最近頻繁に富士山の脇を車で通ります。たまたまでしょうが、ほとんど晴天に恵まれ、真っ青な空に雄大な富士山を見上げながらの仕事通いは気持ちの良いものです。そこで、ふと「大和魂」という言葉が頭に浮かびました。ちょうど赤瀬川源平氏の書籍「大和魂」を読んでいた事もあってでしょうが、いつから日本の象徴なのでしょう。もちろんずっと昔からあったのは確かですが、それが日本人の心、とまで認識されるにはそれなりの文化的な歴史が作用している様に思えます。どちらかと言いますと、私にはその「象徴性」に違和感があり、まるで漫画的にしか思えませんが、「よっ日本一!!」って感じですね。例をあげるとしたら。なぜ違和感があるのか、それを考え出したらきりがありませんが、きっと日本人の根底にある「多信教」「あいまい」という血かと思います。つまり「集中型」ではなく「分散型」の文化。国民一生に一度はメッカを目指して旅をする、って訳にはいかず、つまり西国三十三カ所巡り、四国八十八カ所巡り、という訳です。まぁ、気が向けば途中で止めてもいいし、バスであっという間に一週、ってのもいいね。まさに曖昧です。
富士山が国民の象徴としての地位を確立したのは、もしかしたら「葛飾北斎」の絵画の頃からなのでしょうか。実はその頃から日本は確実に「都市化の道」を歩み始めていたのだろうと思います。「都市化」、つまりそれは他の価値観が共存する事を許しません。共存出来ないから階層化して序列を着ける事で決着する。それが都市であって、人の意識の、「シンボル」を持つという最高レベルの能力が表象した現象かと思います。まだまだ田舎だった日本は、きっとそこら辺にある地蔵様や祠に手を合わせていたであろう事は自明な事ですが、今や巨大な寺社仏閣にこぞって人が詰めかける時代です。富士山を象徴する日本。それから戦争に向かって一直線にひた走った文化性もなんとなく頷けます。戦争を放棄した今はどうなのでしょう。むしろ富士山なんてどうだっていい、って若者の方が多いのかしら。私にはどうでもいいことですけど。

2007.01.20
「Super jury Program Winter 07」レポート
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 1/19、東海大学秋セメスター総合講評プログラムが開催されました。毎年の事ですが、一般的には上位に上がってくる学生はいつも決まっていて、名前や顔も覚えていますから毎年成長していくのが見れて楽しい一方で、昨年まで優秀だった学生が、今年は発表の機会を与えられず参加していない状況もあるのも確かです。私は1年後期から2年前期を担当していますが、その間というのは、課題に求められるプログラムの比較的単純で、直球勝負で(つまり感性最優先で)勝負が決まりやすく、学生も延び延びと楽しそうにやっており、優秀な学生もほぼfixされている印象があります。ところが、2年の後期から3年になると、いよいよ求められるプログラムや制度上の規制など、直球勝負では解く事が難しい課題が与えられ、いままで上位に上がって来なかった学生が上位に上がってきたりします。どちらも建築を構築するには必要不可欠な才能でしょうが、残念なのは課題が難しくなって行くに従って、設計の授業を履修する学生数も加速度的に減ってきてしまうところです。感性だけでは課題は解けない、と分かったらさっさと設計を投げ出してしまうのでしょうか。
2年生くらいまではとても素晴らしい感性が表現できていたとしたら、それはとても残念な事です。ともかく、総合講評会は多くの専任+非常勤の先生達によって(実際学生と同数くらいだった)熱く批評され意義ある時間でした。一番元気がなかったのは修士の学生。これは毎年の傾向ですが、どうしてかな。

2006.12.25
「東海大イルミネーションから考えたこと」
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 12月20日、今年最後の授業を終えたら外はもう完全に夜でした。今期最後の課題だったのですが、その模型の完成度は高く、評価する側もなんだか嬉しくなってしまい最高評価の「S」が9作品も出てしまいました。もうこれはクリスマスプレゼントですね。さて、外に出て学内のケヤキ通りを歩いていたら、向こうからバンド演奏が聞こえてきました。ふと気が付いて振り返ると、今まで自分のあるいてきた通りのケヤキが全てイルミネーションで飾られていてびっくりしました。正面の銅像の前にはでっかいクリスマスツリー。私が在学中にはこんな演出があるなんて気が付きませんでしたが・・。さて照明の演出はいいのですが、その色使いがちょっと・・・。赤青緑、これじゃまるで信号です(笑)。昔から気にはなっていたのですが、赤と緑の関係って、クリスマスのイメージを差し引いて考えれば実はとても不快な組み合わせだと思うのです。昔ケニアのマラソン選手がそんな色使いのユニフォームを着ていた様な気がしますが、今はどうでしょうか。私は高校時代に駅伝をやっていましたが、全国高校駅伝の名門、広島「世羅高校」がまさにその色でした。とても挑発的というか、行き詰まった閉塞感も感じます。トラック競技では何度か一緒に走りましたが、怖い位に早く同じ高校生と思えなかった悔しさがそういう印象に繋がっているのかもしれません。でもキラキラと光る照明となると少し印象も違うものですね。なぜキラキラ光るものをみると「美しい」と感じてしまうのでしょうか。それは照明だけの事ではなくて、陽光に照らされた海のキラキラ、砂のつぶつぶのキラキラ、新雪が朝日に照らされてきらきら、それらすべて信じられないくらいに美しく、精神がその風景の中へとふわりと飛んでいってしまいます。そこに既に言葉はなく、あるのはただ「美」です。別の言い方をすれば「美」を言葉に置き換える事はそもそも不可能という事になります。「あぁ・・」というつぶやきがせいぜいでしょう。それは言葉ではなくて音。肉体の発する音。「美」を「美」のままにそのまま放置しておけないのが学校教育。どうしても言語化し知識として学生に伝えようとします。これは無理です!絶対に。「美」を侮るでない。
今年はこれでおしまいです。また年末年始に当ウエブサイトに来て下さいましてどうも有難う御座います。皆様良いお年をお迎え下さい。

2006.12.12
「中原洋氏講演会」レポート
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 11月28日、日本建築家協会神奈川支部の主催により、「中原洋」さんの講演会が開催されました。タイトルは「平面プランと暮らし、あるいは接客の文化」。私は当初からこの講演会の企画側にまわっていましたので、簡単にレポート致します。まず中原洋さんは、建築を建築業界の外側から編集という立場を通じて関わりをお持ちです。前回の企画は建築家をよんで講演会を開いたのですが、その時の来場者の多数は学生が占めていました。ところが今回は学生が僅か2名程度。学生の憧れという視点では確かに知名度は劣るかもしれませんが、それよりも忙しい平日の夕方に実務に携わっている建築家が多数押し寄せた点が興味深い。企画者の立場として、やはり講演会を盛り上げるには学生の参加は不可欠と考え、建築家室伏次郎氏を交えてのパネルディスカッションを後半に盛り込んだり、各大学にポスターを貼ったり、講師を通じてアナウンスもしましたが、結果は学生の反応はほとんど無かった、という事になりました。タイトルから、ビジュアルなものは見えにくく、むしろ生活文化に主眼を置いた、ソフトとハードの関わりをどう考えるか、つまり思想的ニュアンスが感じ取れます。実際、講演では住まい手側の生活文化に対して、ハードを計画する建築家が、設計を通じてどこまで口出し出来るか、あるいは、我々建築家はどの様にして生活文化そのものを建築設計を通じて誘導して行くべきなのか、が問われていたと思います。言い方を変えれば、クライアントの要望や表面的なデザインばかりに気をとられていないか、という警告に他なりません。後半の室伏次郎氏との対談で、その構図がより明確化され、プランそのものを教わるチャンスの少ない学生にも、是非聞いてもらいたい大変に有意義な講演会でした。

2006.11.18
「RSH:2撮影」レポートA
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 季刊誌MY HOME+の取材の為、久しぶりに(またまた・・)大月の住宅におじゃましました。本誌は母体となっている出版社が建築専門誌という事もあって、写真はかなりきちんとしていて評判が良いので、今から楽しみです。さて当日は朝から抜ける様な青い空が、色がつき始めた紅葉にとても映えます。この季節は空気が乾燥している為に、晴れるととにかく空が青く、撮影日和と言えますね。残念な事にこれ以上紅葉はしないで散ってしまう事がおおいとの事でしたが・・。大月の冬はとても冷え込みますが、当日は太陽の光が燦々と降り注いで、撮影の為に窓を全面開放した状態でも、思わず昼寝したくなる程に暖かく、気持ちのよい時間を過ごさせて頂きました。さらに、今回はおまけがつきます。なんと、お蕎麦に角煮、チーズにワインといったお昼までご馳走して頂き、ライターさんやカメラマンさんも感激してました。ワインはもちろん山梨県産。名前は・・忘れました。何だか怪しげなイラストが描いてあるラベルでした。私は実は風邪気味だったのですが、勧められたら断れませんから思わずグラスに2杯も頂いちゃいました。やっぱりお昼に赤ワインでしょ。そういえば新酒の季節でした。山梨大好きです。

2006.10.18
「海の家、解体」レポート
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 何を今更、と言われても仕方ありません。なぜなら、海の家は9月の頭に既に解体済みなのですから。でもどうか許して下さい。仕事に振り回されてまったく更新する余裕が無かったので、気が付けばもう秋です。さて、茅ヶ崎海水浴場の海の家の解体現場に行きました。海の家は、出来上がった状態ではある種、商業建築の様相をさらに強め、まるでお祭り騒ぎで(実際、お祭り騒ぎなのだからいいのだが)、そこに海ならではの風景と言うか、空気と言うか、そんな「美しい」空間性を伴った海の家は存在しません。あぁ、嘆かわしい!儲かればそれでいいのか。いや、きっとそうなのでしょう・・・。
愚痴はその位にして、ともかく解体現場に行きました。足が止まりました。なんと美しいではありませんか!!海から吹く風を空間化した(実際はそんな事はありませんが、あくまで比喩です)かの如く、その機能を一切伴わないフレームのオーダーは、凛々しく、そこにただ、在りました。機能の伴わないものが、こんなにも美しいものなのか。機能をてんこ盛りにした挙げ句が、今の商業建築、公共建築、住宅、つまり日本全土を覆い尽くす、醜い建物群のなれの果てなのだ、といやでも気が付かされます。脱力感。我々はこれから一体どんな設計をすればよいのか・・・。

2006.08.10
「RSH:3撮影」レポート
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 今春、岐阜の山県市で竣工しました別荘の竣工写真撮影を行いましたので、私も立ち会ってきました。カメラマンは上田宏さんです。もともと梅雨入り前に撮影を行いたかったのですが、今年の天候不順により延期になり、やっとの撮影です。とは言え、春に植えたばかりの植栽が多少なりとも萌えてくれる事や、川向こうの借景も梅雨明けの方が鮮やかに緑で覆ってくれるのでちょうど良かったです。午前は風もさわやかで気持ち良かったのですが、やはりそこは岐阜ですね。午後になると体にまとわりつく湿気で、エアコン無しではやっぱりきついな〜、という感じ。クライアントに、休憩のお茶や菓子、スイカまでご馳走になり、さらにコース料理ならきっとすごい値段するだろうな、と思ってしまう様な豪華なお昼ご飯と晩ご飯までご馳走になり、お酒までも頂いてしまいました。料理はほとんど奥様の手料理ですからまた驚きです。上田さんも、「仕事しに来たのか、ご馳走を食べに来たのかわからないな」と言っていました(笑)。山を見ながらの半露天のお風呂もクライアントに勧められとても魅力的でしたが、また何時かお泊まりのチャンスに取っておきたいと思います。夜景に入ると今度は蚊との戦いです。向かいの山に登っての夜景撮影となりましたが、見回すと私の廻りに10匹くらいの蚊が飛んでいました。小さい建物だけに、カット数は限られ、より一層、一枚の写真にどこまで空間表現が可能かという意味でカメラマンの腕が試されます。仕上がりが楽しみです。台風の影響で撮影日程を突然繰り上げての変更にもかかわらず、クライアント夫婦、それから忙しいお嬢様お二人もわざわざ仕事を休んで一家総出で撮影にお付き合い頂きました。建物に対する愛着をとても感じ、心から感謝致します。有り難う御座いました。

2006.07.25
「Super Jury Program Summer 06」レポート
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 先日、東海大学の春セメスター総合講評会に行ってきました。この半年間の課題の中で、全学年、全課題の優秀作品トップ5〜6作品を一堂に眺められる数少ないチャンスです。指名された学生の中には、一度提出した課題をさらにディベロップし、模型やパネルなども作り直してプレゼンテーションする人いて、なかなかの見応えです。私が担当したのは2年ですが、全体の印象として、授業中はすごく優秀な学年、とも思わなかったのですが、全体の発表を終えて3年、大学院の発表が今ひとつ学生らしい躍動感に乏しく、結果として2年生が優秀に見えてきました。大学では2年で本格的に小建築、住宅等の設計課題に着手し、3年に入ると美術館やホール等の巨大コンプレックスを、場合によっては高層建築というビルディングタイプで解いていくという難題が出されます。つまり2年は求められている機能がシンプルなだけに、思いついた造形力を思うままに爆発させる事が可能なのに対して、3年では自分の造形力を発揮する前に、いかにプログラムを巧妙にオリジナルな方法で解くか、といった部分に多大なエネルギーを費やす事になり、純粋に造形が好きだった学生は、突然手が止まって先に進めなくなる傾向がある様です。そして、残念な事にその学生は設計課題を取らなくなるのです。今の学生は、模型の表現力も素晴らしいものがあり、プレゼンテーションパネルについても優秀な学生は2年の段階でほとんどの技能を習得してしまいます。一方、4年は研究室ごとの活動や就活がメインで、設計授業はありません。私が学生だった頃とは大違いです。「早熟」という言葉が思い浮かびますが、まさにそういった感じです。技能は身に付くけど、中味がどうか、が問われています。講評会を終えて、3年生や大学院生よりも2年生の方が良かったね、などと言われる状況から、技術習得に走り続けた学生が息切れしている様子が目に浮かびます。もっとじっくりと腰を据えて建築には向かってほしいなと思います。先はいやになるほどに長い訳ですし。

2006.07.01
「kazenoyukisaki 渡辺篤志の建物探訪撮影」レポート
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 先月の上旬、茅ヶ崎市の鉄砲道に面した3階建ての住宅に、渡辺篤志さんが来ましたので、こりもせずにまた遊びに行きました。とは言いましても、実はその日は息子の運動会がありましたので、朝からカメラとビデオを持って出かけて、プログラムの合間を見て抜け出して遊びに行く程度、のつもりでした。ところが、「夕景の頃にダイニングでワインを飲みながら会話をしているシーン」を撮影する事になり、どうやら私も同席する事になってしまいましたので、結局、午後は夜までお邪魔する事になりました。少し前からなんとなくそんな話は聞いていましたので、別に驚いたりはしませんでしたが、驚いたのは、ADさんからの差し入れワインがとても美味しかった事!これはうまいつまみがいりますね〜!とクライアントにおねだりなどしてはみましたが、結局受け入れられず(笑)、ひとまずはシンプルにまとめて頂きました。声の録音はないので、何しゃべってもいいんですが案外それが(演技するのが)シロートには大変なのです。ワイン飲んで楽しそうに会話している雰囲気、ってどんなのかな〜って考えていたら、あまりにワインが美味しくてついついベラベラ。そこら辺の境目が無くなる寸前で、ワインも撮影も終わってしまいました。ああ残念!このまま飲み会突入か??って勢いでしたが(私だけ?)、家で子供が待っていたので(徒競走で一等だったし)おとなしく解散しました。もし放映されたとしても、そこのシーンは数秒あるかないか、位だと思います。チャンスがあれば是非ご覧になって下さい。ちなみに関東は日曜朝6時!!放映に変わりました。お間違えの無い様に。

2006.05.26
「RSH:2撮影」レポート
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 5月の連休以降ずっと天候に恵まれなかったので、現場の進み具合もままならず、撮影も延期だったり、曇天の中で行ったりで何かとストレスのたまる今日この頃ですが、次号のLiVESに掲載予定の写真撮影を行ってきました。いや〜気持ちの良い天気で最高です!こんな晴天はもう梅雨明けまでないか?ってくらい、本当に初夏の青空と気持ちの良い風が吹いて、思わず昼間っからワインを飲みたくなってしまいました(笑)。山梨ですしね〜。
 クライアントには朝も早くから家族そろって撮影のモデルやら取材やらで、本当にご迷惑をおかけいたしましたが、とにかく綺麗にお住まいで、これには驚いたのと同時にとても嬉しくなりました。ところどころ床に傷があったりしますが、それも子供が居る証拠という事で、積み重なってくると模様みたいに味になりますよ。きっと。階段の手摺りにネットを架けるかどうか、ご神木を見上げる大開口のガラスにブラインドを設置するかどうか、等竣工当時は使い勝手と意匠の間で迷いもいくつか有りましたが、今回お伺いしてみて、ネットもブラインドも付いていませんでした!階段も居場所ですよ、子供が座って本でも読めるように、というイメージで階段というよりは椅子にも見て取れる様な感じにしたかったので、1階と2階の差をぎりぎりまで狭めて、つまり1階の天井を出来るだけ低くして階段の踊り場を安心出来る場所にしたかったのです。だからネットを付けないで使って頂けるのが嬉しかった。また、低くなった天井の寝室も、閉じこもれる感じで安心して眠れるスケールを意図したので、奥様が「ここはとても落ち着くので好きです」という事をおっしゃられたのも嬉しかったです。樹木に向けた大開口部は、一日の内で太陽光や風景の変化に富んだ場所なのですが、ブラインドを設置してなくて風景が何も邪魔されずに飛び込んで来ます。ご主人が、そこに居ると朝日が気持ちいい、とおっしゃっていたのが印象的で、思わず心の中で「有り難う御座います」と呟きました。エントランスに設けた「のれん」を架けるためのフック。専門誌では、のれんは設置しないで撮影となりますが、今回は大歓迎!真っ白な建物に、黒い格子とのれんがとてもマッチしています。私の設計する家の多くはこうして「のれん」を玄関先に吊れる提案をしますが、こうして実際に吊って生活して頂けるのを見るとこれもまたとても嬉しくなります。最高のクライアントに恵まれて本当に幸せです。

2006.05.17
「Chanomahouse 渡辺篤志の建物探訪撮影」レポート
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 5月14日、埼玉県上尾市にありますchanomahouseに渡辺篤志さんが来ましたので立ち会ってきました。あの番組をご覧になった事のある方ならば皆思う事かもしれませんが、あまりに片づいていて生活感が無い、とか、趣味や食事の再現シーンで日常的にあんな生活なんてうそだよね〜、などと愚痴をこぼしながら見るのがまた楽し、というファンもいるぐらいですから、ここは一つ私の施主については必要以上に背伸びせず、ありのままでと思っていたら、やはりそこは天然、まったく気取らない素のままでした。素のまま過ぎて少し不安もありましたけど、(一応、サッシに付属する網戸はかっこ悪いので私が外して片づけました・・ごめんなさい)渡辺さんの気さくな人柄でうまくまとまりました。何と言いましても、昼食再現シーンで何を調理して食べるのかな〜と興味をもっていたら、回答は「焼きうどん」(笑)。これは本当に施主の飾らないキャラクターがにじみ出ています。素晴らしい!囲炉裏端で魚でも焼きながら軽く冷酒でも飲めばかっこよく納まるのでしょうが、そうはこないで、お茶です!!奥様の日常使いのお箸も塗装が剥げていて何ともチャーミング。しかもその事実に、撮影後に気が付く面白さ。愉快で飾らない雰囲気に撮影も終始和やかに進み、終いには奥様は渡辺篤志の大ファンになっていました。渡辺さんもひとしきりダジャレを言い尽くし、皆で記念撮影、ハグをして分かれました。飾らず、やらせなし。放映は日曜朝6時に変わりましたが、この番組はほんと良いですね。

2006.04.26
「Chanomahouse撮影」レポート
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 前回のRSH:4と順序が逆になってしまいましたが、4月4日に雑誌LiVESの撮影を行ってきましたので簡単に報告致します。LiVESは建築専門誌以外の雑誌の中では好きな雑誌で、理由は建築写真の扱い方が上手な事や毎月発売されていない事。毎月発売されないという事は、本屋さんに並ぶ期間も長いし、その他の雑誌と比べて多少価格が高めに設定され、背表紙もきちんと平らに製本されている辺りが本としての珍重味を増していると感じますね(笑)。ともかく、chanomahouseの茶の間から見たガレージを、という連絡を、好意にしていただいている担当者から連絡を頂き、「愛車と暮らす家」特集に向けて撮影を行いました。写真撮影は前回我が家でもお世話になった長谷部さんです。やはり建築専門カメラマンとは違います。何が違うのかうまくは説明出来ませんが、私なりの言葉で説明すれば、「動き」を表現するという事でしょうか。生活は人が居て成り立ちます。人も空気も常に動いています。ですから人が居て生活がある雰囲気をラフに捉えようとします。一方で建築専門誌の写真は、完全に時間が止まっています。時間を止めて最高の瞬間を狙います。だから何となく生活が見えません。
 当日はすっきりとしない天気でしたが、それはそれですね。ガレージと茶の間・坪庭なんて、何とも奇妙な取り合わせですが、割とホワイトアウトしたモダンなガレージハウスが多い中、このchanomahouseだけは少し違う雰囲気です。若いクライアントに坪庭にHONDA S600。多様化するニーズといえば簡単ですが、多様化ではなくて、もともと日本にあった気持ちの良さを表現したかったのです。

2006.04.19
「RSH:4 撮影」レポート
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 4月17日、静岡県三島市で進んでいました現場が完成し撮影を行って来ました。カメラマンはRSH:2に続いて2件目の上田宏さんです。本当は一つ前の週に撮影を予定していたのですが、週間天気予報が一週間以上曇天続きだったので思い切って一週間延期しての撮影です。もともと私は自他ともに認める晴れ男ですから、大丈夫だろうと思っていましたが、当日は本当に素晴らしい晴天に恵まれました。セルフビルドでクライアントと我がスタッフが植えた40本ものホテイチクが、中庭で気持ちよさそうに青空に揺れています。撮影を前にして朝から大変だったのは、この家にはたくさんトップライトがあって、空を眺めるのがとても気持ち良いのですが、この季節、上に茂っている花の房か何か(正確にはよく分かりません)がどんどん散ってきて屋根やトップライトに落ちてきてしまいます。まぁ、それはそれで風情があって面白いとは思うのですが、ここはやっぱり撮影という事で一生懸命掃除です。掃除やら、撮影やらで数回屋根に上がって、やっぱり平屋はいいなぁ、と思わず昼寝がしたくなるほど気持ちの良い屋根でした。

2006.03.13
「長崎出張」レポート
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 念願叶って「軍艦島」(正確には端島)に行ってきました!!残念ながら長崎は小雨。でもせっかくだから早起きをして9時30分発の観光船に乗船!数年ぶりの船に感動しました。流れる海、しびれる振動(笑)。長崎港を出発して約30分、長〜い湾をどんどん進み、幾つかの観光スポットの説明をふむふむとテキトーに聞き流していよいよ大海原へ!と思ったらいきなりものすごい波!しかも時間とともに海はどんどん荒れて思わず椅子に座ったまま脚で踏ん張る私(笑)。そしていよいよ軍艦島が荒波の向こうに姿を現しました。誰よりも先に立ち位置を確保する為に飛沫の舞う甲板へ!でも誰も出てこない(笑)。冷静に写真を撮ろうとしましたが、沈没しそうな船の甲板に立って手摺りにしがみつきながら何とかパチリ。本来ならばぐるっと一周まわるところらしいのですが、風の陰になる炭坑側の「エレべーション」だけを見て引き返す事に。あぁ残念!島の風上側沿岸はとんでもなく荒波で、我が船は間違いなく沈没したでしょう。まぁ冗談ですが、本当は反対側の危険な方が住居区域でして、鉄筋コンクリート造のアパートが建ち並んでいるはずなのです。
案内を聞いて初めて知ったのですが、「この島は炭坑の為に"造られた"島」だそうだから、「悪天候でも業務に支障の無い様に波の静かな方に炭坑を」という訳で「荒波に曝される側に住居が密集」なのだそうだ。へぇ〜普通反対だろ、と思いましたが時代が時代だけに何となく納得。そっちも見たかったなぁ・・・。でも内心は、「早く引き返してくれ〜〜」。という訳でわくわくどきどき、船酔いする暇もありゃしませんでした。

2006.01.10
「初詣」レポート
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 1月9日にやっと初詣に行く事が出来ました。例年ならば3日か4日の妻の仕事が休みの日に行くと決まっているのですが、今年は新年早々に私が体調を崩してしまったため、なかなか行けませんでした。少し時期が遅れた事もあってか、今年の江ノ島(神奈川県藤沢市)はいつもに比べれば人も少なく、何と言っても車がすんなり橋を渡れて、そしてすんなりと駐車場に入る事が出来たのは感動ものだったなぁ。毎年決まって江ノ島に初詣に行くのには理由があって、それは境内に向かう時の気持ちの整理がつきやすいから、というと少し難しく聞こえるのですが、つまり海を渡って「向こう側」へ行くという行為が、非常に日本の寺社仏閣につきものの「結界」を意識させてくれる訳でして、通常の場合はそれを鳥居が果たしてくれる。しかし江ノ島の場合、鳥居はもちろんあるのですが、その前にはより明快な「内宮」と「下宮」を分け隔てる水(この場合は海ですが)が歴然と存在していて、我々庶民をそう易々とは近づけ得ない構造になっている。と同時に、周囲をぐるっと海に囲まれる事で、より崇高な存在へと島全体を昇華している事は言うまでもないのではないか。どこのお寺にいっても、その一角だけうっそうと茂った杉林はつきものでしょうが、それもその境内を、他の場所とは違うもの、空間を異質なものとしてより明快に差別化を計るための手段であり、格式の高い場所と、そうでない場所、日常と非日常を視覚的にも指し示す為の仕掛けなのだ。外部空間を仕切るための仕掛けは、何も門扉や塀だけではない事はこれでよく分かってもらえるでしょう。江ノ島の場合、島全体がいわゆる内宮の様なものだから、面白い。つまり鳥居は海に向かって開いているのです。その前には(本来)参道は無く、ただ海が広がっているだけ。現在の江ノ島では車の通れる橋が付いてしまっているので、そこら辺の構造の面白さは分かりにくいのですが、日本三大弁財天(もちろん江ノ島はその中の一つですね)で有名な竹生島(chikubujima)に船に乗ってアプローチすると一目瞭然です。島の入り江にある鳥居に向かって船が進み、そのアプローチする過程にこそ、日常から脱却して行く緊張感と気持ちの高揚感を味わえる楽しみがあります。
 さて、入り口の話はその位にしておいて、江ノ島の面白さは他にもあるのでこのレポートを通じてお伝えしたいと思います。一般的に江ノ島は銭洗い弁天が観光的には有名でしょうし、エスカーと呼ばれるエスカレーター、そこかしこに居る愛想の良い猫、それから新しくなったばかりの展望台、幽霊の出る小道、洞窟、サザエの壺焼き?もやはり忘れてはならないでしょうね。でも「建築的なもの」に興味があるならば、寺社建築そのものよりも、島の斜面に展開するその構成と、構成が織りなす風景が最高に美しいと言っておきたい。まるで迷路の様に細い道が登ったり下ったりを繰り返しながら、宮めぐりを楽しむ。(実はこの点においても、さらに徹底していると思われるのが竹生島なのだが・・)とにかく立体的なのです。その風景がより一層、鮮明に体験出来るのが初詣の様な賑やかな、つまり提灯などがたくさん出ている時期の夕方という事になるのです。だから我が家は決まって夕方にお参りに行く。夕日に沈んで行く湘南海岸を江ノ島から眺めるのは大変に感動的は体験ですが、そこに浮かび上がる立体的な小道と建築の構成は、もっとわくわくさせてくれます。真っ平らな所(例えば田んぼの真ん中に)に、強烈な軸線を引っ張って(つまり長〜い参道の事)そこを歩いても、何だかちっとも心が高まる感じがしないのは私だけでしょうか。江ノ島や宮島、竹生島などは島とその周囲の水の力(借景)によって、より求心力が強まっている気がします。

2005.12.20
「横浜トリエンナーレ」レポート
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 閉展まであと3日と迫った16日、晴天のもとにやっとトリエンナーレを見に行きました。なかなか予定が取れなかったので、当日も急ぎ足で見て回る事になってしまいました。私たちが芸術とふれあう場としてまずに思い浮かべるのは「美術館」などの様な公の空間で、そこで私たちはきちんと配列された各種の「もの」(絵画も含めて)を鑑賞するという経験を得るのです。多くの場合、そこに沈黙を保つ「もの」と、それを鑑賞側という構図がはっきりと見て取れる訳ですし、形式的に捉えると、展示されている「もの」が私たちの上位に存在して、私たち庶民はその「もの」を粛々と敬意を払いながら、「拝見させて頂く」という事になるのでしょう。それが古典的な意味での芸術であって、確実にそこには貴族と庶民の区別があった様な気もしますし、その正統な(?)芸術に対する敬意の様なものを継承する、その様な展覧会なども個人的に興味のある展覧会であれば出かける事ももちろんあります。でもそこには「教養を磨く」という様な形式性が邪魔をして、真にその「美」にふれるチャンスとはなりにくいのも事実ですね。
 さてさて、横浜のトリエンナーレは、そんな悩む庶民の味方です。4年に一回の現代アート祭典(と言ってもまだ2回目ですけど)という訳で、「現代アート」というだけで、なんだか古典的な芸術から一気にジャンプした様なイメージがあるから怖いですね。現代アートというと、「理屈」抜きでは語れない、つまり添付されたテキストを参照してやっと、その意味が理解出来る、「小難しい!」という様な先入観をもしかしたら多くの人が持っているかもしれませんけど、実際に今回のトリエンナーレに行ってみて、説明の無さには驚きました。説明が無くって、そこにある極めて「日常的な風景」が広がっているという印象。展覧会の副題は「日常からの脱却」ですから矛盾する様にも思えますけど、実は決して矛盾はしてません。私たちの日常では、しかるべき所に出かけないと「アート」に出会う事は出来ない、額縁に切り取られた「素晴らしいもの」を特別な時間を割いて非日常的に拝見させて頂かなくては、真の芸術に触れられないと思っているのではないでしょうか。でも、実はそうではないのです。「アート」は目の前に転がっている日常の中にこそそのチャンスを狙って転がっているのです。何処かに出かける必要はありません。また気合いを入れて、眉間にシワを寄せて凝視する必要もありません。そこにある「現実」にユーモアと「!」を見いだす事が出来たらそれが生活を豊かにし、私たちを現代アートの世界へ導いてくれるのでしょう。やっぱり「アート」はみんなのものでしょうし、そこに上下関係など無いんだよ、と訴えていた様な気がします。

2005.12.05
「RSH:3 上棟」レポート
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 12月3日、T.H.R.構造設計室の鈴木さんと一緒に、上棟の立ち会いの為に岐阜に行って来ました。通常の場合、木造住宅であればまず構造家と一緒に上棟に立ち会う事は無いのですが、今回は小さいながらも屋根の偏芯方形架構が、少々アクロバティックな事をやっていた為に、是非鈴木さんにも見て頂きたいと思い、一緒に行く事になりました。
 概要はworksのProjectコーナーを参照にして頂ければと思いますが、中心のずれた方形屋根を、ずれた四角い箱4つで支えている為に、屋根の四隅は全てキャンティレバーとなっています。さらにそこに入る木製サッシュは全面開口となる様に、全ては引き込める仕組みとなっています。つまりサッシュを引き込んでしまえば、屋根のそれぞれ4隅が完全に開放されて、箱だけで支えられている様な空間構成を目指しています。構造架構は、桁をサポートで支えた状態で、木造の軸組工法「的」なプロセスで組み上げ、合板を2重に千鳥貼りして、折板構造を作り出す事で積雪荷重に対する剛性を確保します。
写真は、サポートを入れた状態ですから、隅柱が立っている様に見えますが、これは垂木・野地板が施工された状態ですぐに外します。インテリアから見ると、隅木登梁は宙に浮いている様に見えます。外観的には、まだこれから庇を1m以上出して来ますので、プロポーションは安定していません。合板を張り終えた状態で、サポートを外し鈴木さんが庇先端にぶら下がってみたり、職人に鼻先に乗ってもらい、ドンドン、とジャンプしてもらったりで、ひとまず現時点での弾性変形はほとんど無く、設計通りであることは確認出来ましたし、構造家として自分の解析した工法を現場で実際に確認してみる姿を見て、流石だなと思いました。これから1〜2ヶ月程度で1次クリープ(初期変形)を出し尽くした状態で、枠、仕上げなどの造作工事に入って行ければと思います。

2005.10.12
「RSH:2 撮影」レポート
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photo:上田宏 今年の初めから設計を進めていた大月の住宅(仮称HOUSE-F)が竣工しました。この住宅はASJ(アーキテクト・スタジオ・ジャパン)のプロデュースによるもので、撮影は上田宏さんでした。撮影はもともと9月5日に予定していたのですが、台風による天候不順の為に7日に延期し、台風の通過が遅れたのでさらに9日に延期し、それでも曇りの為にもう一度仕切直しで10日、やっとの思いで最高の晴天のもと撮影を行う事が出来ました。臨機応変、スケジュール調整を行って下さったカメラマンの上田さんには本当に感謝しております。
 もともと私は完全なる晴男ですので、全く心配はしていなかったのですが、やはり廻りの状況に左右されるという事ですね(笑)。とにもかくにも、10日はオープンハウスを予定していましたので、来客の合間を縫いながらの撮影になりましたが、非常に楽しいものになりましたので、少しだけリポートを。
 私が最近主に(とっても唯一)お付き合いしていたカメラマンは畑亮さん(HP)で、常にアシスタントが付き、物品の移動から照明のセットまで行うというものだったのですが、驚いた事に上田さんはお一人でいらっしゃって、全てを一人で行いました。(といっても業界では常識らしい・・・)もちろん簡単な事は我々設計事務所がアシスタントの代わりを務めるのですが・・・・。なるほど〜一人でも撮影はできるんだ、と妙に納得してしまったのです。重いカメラも三脚も一式肩に背負って、川の向こうまで歩いて行き撮影、そしてまた帰って来てと、何度か往復もしました。私は家の中に居て、携帯電話で雨戸や物品の移動などの連絡を取り合い、指示にしたがって動くのです。崖の上の藪からアングルを狙う時も、虫除けスプレーを全身に振りまき(ちなみに私も)蚊の大群のいる激戦区へ戦いを挑んで突中です。当日は晴天が過ぎて全身汗みどろ。お互いアンモニアの悪臭が全身から漂っての解散となりましたが、やはりアートを目指す人にとって自身の外観は関係ないというところでしょうか(笑)。

2005.10.03
「建築家と考えたそれぞれの年代の住まい展」レポート
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 2月17日から10月2日までINAX銀座ショウルームで20代から70代までの建築家約30名による建築パネル展が開催されました。私のアトリエからも2点ほど出品したのですが、場所柄、非常にたくさんの方に見に来て頂いた様です。住宅に絞ったパネル展だったので、主にこれから家を建てようという希望をお持ちの夫婦、とりわけ年代の高い方が多く見られました。
 私たちの作成したパネルは、小難しい説明や解説はほぼ完全に削除して、純粋に実際に立ち上がった建物の写真だけで構成したのですが、勢い余って規模や家族構成、建築場所など一切のデータを乗せ忘れてしまいました。解説の必要な家はどうかな、と思いますが、全く何も考えていない家は設計出来ないし、そこのバランスが難しいですね。

2005.06.20
「模型の力」展レポート
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 6月13日からの一週間、横浜の「BankART Studio NYK」(旧日本郵船倉庫)にて日本建築家協会神奈川支部(以下JIA神奈川)の主催する建築WEEK2005が開催された。建築WEEK2005とはJIA神奈川の中核をなす行事で毎年市民参加型の様々なイベントを企画、建築家の職能を市民に理解して頂く良い機会として開催されており、今年は、今期からJIA神奈川代表に就任した建築家室伏次郎氏の立案にてJIA神奈川新入会員による模型展「模型の力」展が同時開催された。主な目的は建築WEEKそのものの趣旨でもある建築家の職能、仕事をより深く市民に知って頂く事、もう一つは日本建築家協会という組織そのものに向けてあるメッセージを発する事だったと思う。
 今建築界、とりわけJIAにおいて、談合問題を代表する建築家そのものの職能、資質が深刻な問題として浮き彫りになり始めている。入札によらない設計者選定方法を模索したり登録建築家制度など、その良い例だろう。ただ、我々30代を中心とする若手にとってその問題意識そのものにリアリティーが無い。そもそも入札という方法で、つまり金額という極めて安直な視点のみにおいて設計者を選定する事自体、別世界の出来事の様に思える。そこで若手を中心としたJIA神奈川新入会員による展示会を通じて、これからの建築家のありかたを、とりわけJIAという組織内部に向けても発信する事が大きな目的であったのだろう。
 この展覧会はタイトルの通り、模型の力だけでどこまで表現出来るかという様な事を考えながら、今までのパネルを併用した展示方法との差別化をかなり意識して企画は進んで行きました。会場風景はまるで彫刻がライトアップされた美術館の様な雰囲気で、堅苦しくない空気感が印象に残っています。

2005.03.21
「第16回JIA神奈川大学生卒業設計コンクール審査」レポート
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 3月19日、JIA(日本建築家協会)神奈川支部の主催する恒例行事である、建築学科の大学生を対象にした卒業設計コンクールが行われました。私が大学を卒業した時にはもう始まっていましたが、既に16回目を迎えました。今年は現JIA神奈川代表の山口さんの推薦もあって、私も審査員に加わらせて頂きましたので簡単なエピソードを。
 当日は東京電力さんの提供してくれた体育館で行われたのですが、とにかく寒い。朝から皆コートとマフラーを着用した状態での公開審査となりました。1次審査はまだ現地到着していない学生の作品が数点あった様に思いますが(つまりブースだけが空しくある状態・・)、とにかく時間がないのでスタート。学生の適当さは何時の時代も同じである。(特にYK大学?)それにしても点数が多いので(各大学が優秀作3点程は出してくる)全て見るには、ほとんど学生の話にまともに耳を傾けている暇はない。つかまったら最後。一カ所に10分以上も捕まると後が間に合わない。案の定、最後の方は駆け足で、かなり焦りながら作品を見る事になったのです。なんとか無事に見終えて投票、そしてお昼の休憩。ゆっくりする間もなく午後の2次審査に突中。ここからは各作品を推して議論を行うのですが、どうやら方向性としては、私が一番推したくなかった作品(私の母校なのだが)が金賞へと向かっている様でかなり焦りながらその他の作品を擁護するが、今ひとつ決定打に欠けたために撃沈。招待審査員の藤本氏と小泉氏に推されては手も足も出ないなぁ。私もその作品の空間構想力は巧妙でユニークだと認めるが、その勢いで全てが完結してしまっているところについては、結局「空間の発明」かと。メディアという名のいろいろな場所で、花火のごとく打ち上げられては消えていく空間の発明の繰り返しはもういいよね、と言いたかった。その先に何があるのか、作家としての原点がどうも見えない。巧妙なプログラムや仕組まれた構想を言っているのではなくて、つまり血の通った空間に向かうどろどろした作家性が感じられない。中味も仮に与えられた図書館だし、つまり何でもよかったと理解した方が分かり易い。立地もどこでも良い。アイデアコンペで評価を得るのならば分かるが卒業設計としてはどうなのか。古い考えだろうか。詳細はこちら(JIA神奈川HP)

2005.01.15
「渡辺篤志の建物探訪」撮影レポート
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我が家の中庭をバックに記念撮影。左から私の妻・息子・私・渡辺さん・スタッフの鈴木君。 こんにちは。事後報告になりますが、我が家に「渡辺篤史さん」がやってきました。テレビ朝日系列の「建てもの探訪」という長寿番組の収録のためなのですが、ご存じですか?まさか設計者である私がこの番組に出るとは思ってもいませんでした。まぁ、巡り合わせとは恐ろしいものです。放映は昨年の11月27日でした。詳細はこちらをご覧下さい。(番組HP)また、詳しいレポートはコラムの方へ書きましたのでそちらをご覧下さい。