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House-K 竣工レポート

17/12/26

年末も押し迫った23日、東京都世田谷区でHouse-Kが竣工致しました。土地探しからご一緒させていただき、設計と現場監理などを含めると3年以上の時間が経っていました。時間の経つのは早いものです。。。様々な敷地を見て考えて、見送ったところも沢山ありましたが、結果的に最も困難で、中途半端な設計では手が出せない土地を購入するに至りました。しかし、お陰で東京とは思えない眺望のある住宅を計画することが出来ました。何が困難だったかと言いますと、敷地全体が道路から5m上がっており、そこに地下ガレージとアプローチを設けることによるコストアップが土地の購入時に正確に予測しづらかったことでしょうか。さらに地盤状況と杭の必要性なども、正確には購入後でなければ調査が出来ず、これまでの経験と日頃からお付き合いさせて頂いている信頼のある調査会社との意見交換の中から様々を予測しつつ、予算計画を組んで購入に踏み切ったのでした。

この住宅の特徴は、西に広がる眺望を活かすことと、一方で北と東の隣地からの目線を遮ることを目的として、「開放性」と「閉鎖性」が同居したような内部構成とその表れである外観でしょうか。北面と東面の外観は壁が多くを占めており、室内も囲まれることによる「庇護」を重視していますが、南面と西面については壁を無くして、全面が開放された「眺望」のある空間を実現しています。日本古来の住宅に見られるように柱と梁で構成し、間に障子を入れるという古典的風情によってそれを実現していますので、外観にもその表情がそのまま表れていて、まるで木造平屋の切り妻家屋が宙に浮いた様な様相となっています。

外観のダイナミックな様相とは異なり、室内はヒューマンスケールの連続で驚くほどに落ち着いた空間となっています。しかしただ単に落ち着いているのではなくて、明るさや暗さ、空間のプロポーション、床の段差などの変化を通じて家のあちこちに居場所を発見出来る様に計画してあります。

とりわけ外部に設けたデッキは感慨深いものがありました。ここは土地購入時に土が盛られて平坦であった場所ですが、それを全て取り壊し、土を削ることによって、もともとあったはずの傾斜した地形を復活させたことから生まれた、立体的なデッキ空間です。ここでひなたぼっこをするお父さんやお母さん、走り回って遊ぶ子供達の姿が今から思い浮かぶ様で楽しくなります。この様な住宅の設計をさせて頂きましたクライアントに心より感謝を申し上げます。有り難うございました。竣工写真が出来るまで今暫くお待ち下さい。

Column

17/12/26

無駄について考えています。何かといえば無駄を省く時代ですし、合理的に考えれば無駄のないものが良いと言われることは分かるのですが。何が難しいかといえば、無駄なものが何なのかが分からないことです。だからいつも考えてしまいます。”無駄”とはいったい何なのか、という疑問です。例えば目の前に食べ散らかした後のカップラーメンのカップとラーメンの汁が付いた割り箸、油のついたポテチの空き袋があったとします。この物たちは無駄なものでしょうか。より分かりやすくいえば、これはゴミでしょうか。はい、ゴミです。と答えなければ現代社会ではたぶん精神異常者として病院行きです。ですのでゴミです、と私は答えるのですが、本音ではゴミって何だ?と考えてしまいます。しかしゴミという物が存在しないから困るのです。つまり”ゴミ”とは概念であって情報です。だから物の側から言わせれば、「私はゴミじゃなくて発砲ポリエチレンの成形物であって、私もプラスチックを主体とする樹脂です」と答えるはずです。でわ無駄とかゴミとかいう概念はどこから生まれるのかと言えば、それはその人の事情が生みます。だから時代や地域や個人の事情が変わればゴミがゴミではなくなり、無駄が無駄ではなくなります。だから無駄を省く、と簡単に言われても本音では、”それは必要かもしれませんよ”と言いたくなります。今この瞬間に必要かどうか分からなくても、将来必要になるかもしれないから、その存在を評価する姿勢が大切なのではないかということです。もちろん、ゴミを全て大切に取っておいたらあっという間にゴミハウスの完成ですので、そんなことは出来ませんが(笑)これはあくまでも様々な概念に対する疑いを持つことの大切さのことなのです。戦時中、お金は役に立ちませんでした。紙切れと金属の破片に過ぎませんので。